波を掴む

「日記はやっぱり紙に書くもんでしょう」と長いこと思ってきた。

初めて書いたのは幼稚園の時。
「きょうはりんごジュースをのんだ。おいしかった。」とか、「くみこちゃんがおたまじゃくしを10ぴきくれました。とてもうれしかったです。」、と今読み返すと吹き出してしまうことを真剣に書いていた。一枚のページに一、二行書いて終わりの日記。
その時の私は考えて考えて一行を書いたのだろうか?それともその時に頭に浮かんだことをただ書き留めていたのだろうか?

「今日は何もなやみがなかった。いい日だった。」と書いてあるページ。
おぼろげに思い出すのは、毎日子供なりにいろんな悩みがあったなあということ。そういえば桃の種を誤って飲み込んで、怖くなったけれども母にはダイレクトに言えなかった私は、「ねえ、もし桃の種を飲んじゃったとしたらどうなるの?」と仮定法で聞いてみた。それに対して彼女は、「お腹の中で芽が出て桃がなるから飲んじゃだめよ」と言った。ショックなんてものではない。今でもその会話をどのタイミングで、どこでしたのかまで覚えている。
その後の日記にはその言葉を言われてからの恐怖の日々が綴られている。(それからの事はご想像下さい。)

私が「はてな」でブログを付けてみようと思ったのは、「はてな」代表の近藤淳也氏のインタビュー記事を読んだのがきっかけだった。どこで読んだのかは忘れてしまったけれど。
その後「はてな」のトップ画面に行ってみたら、自由気の向くまま的な雰囲気が気に入った。束縛されるのが嫌いな私でもできそうだった。

ここで「近藤さんて誰?」と思った人は是非このページに飛んでみて下さい。
http://www.zkai.co.jp/ca/g/sp1/24.shtml

確かこんなことが書いてある文章を読んだから、ここでブログをやってみようと決めたのだ。
気になる人、面白い人、生き生きとしている人の生き方を観察する。出来上がりすぎていない人の方が魅力的に感じる。真似してその人の目線で飛び込んでみる。へえ、こうやってあなたは物を見ているんだ!まずは人ありき。基本はいつもそこでしょう。

情報の波の中を泳いでいると、いつの間にか泳いでるのか流されているのか分からなくなりそう。でも良く眼を凝らすと、そして体を完全にニュートラルな状態に戻してあげると、本当に自分にとって好きな波を掴むことができる気がする。

もしかしたら掴んでいる瞬間にその波はどこかへ行ってしまっているのかもしれないけど。

ざっば〜ん!